一週間、東京に行ってきた。メインは脳のMRIを撮ることだった。
私の大学に「ソーシャルデータサイエンス学部」なるものが3年前に新設されていたのも知らなかったし、それに伴い脳科学研究センターというものも設置されていて、それを大学の同期のフェイスブックで知った。卒業生は無料で脳のMRIを撮ってくれて、それについてコメントもくれるらしい。
わたしのこのASD気質なところと、生まれつき脳に水が溜まっているこの脳みそと、もはや睡眠導入剤が欠かせなくなったこの頭の中に何か変なところが見つかるのではないかと期待したけれど、
結局、右脳と左脳はどちらが大きいということもなく左右均等だったし「、脳の溝が大きくニューロンが多いと思われること、がんかていというところが少し発達している(物事をプランニングしたりすることに長けているとか、好き嫌いがはっきりしている)ということは分かったけれど、特段病気に対してはなにもわからなかった。まあ異常がないということはいいことだということで。
せっかく東京に行くので数人の友人と約束を取り付けたが、なんせ、最近とても体力が落ちているわたしのこと。
仕事を4時間しただけで、最近は1週間半寝込むということがあったのに、約束をこなせるかとても心配だったけど、なんとかこなした。
大学の友人と表参道で会ったときには久しぶりにげらげら笑って話すことができた。いつもこの友人ともう一人、同じクラスの友人がいるのだが、この2人は本当にいつも面白いエピソードを用意している。内容は愚痴なのだが、頭がいいのだろう、愚痴も本当に面白い。不幸話のはずなのに、面白おかしく話すものだから、こちらも「それでそれで?どうして?どうしてそうなったの?」と誘導される。そしてとんでもないエピソードが飛び出したりしてくる。わたしもこうやって、面白い話をいつも用意しておきたいものだと思うがもう敵わない。いい友人を持っているなと感謝するばかりだ。
もう一つのアポは、福岡の時になぜか意気投合して遊んでいた10歳年上の男性。二人とも食べるのが大好きで、福岡時代はインスタから美味しいごはんやさんを探し出し、二人で一日3~4軒はしごするという月一イベント?をやっていた。彼とごはんに行くときは飲みまくってへべれけになるというルール(?)もあるので、気合いを入れて飲んだ。食べログの評価が高いところでも美味しくないところは美味しくないねと意見が一致するし、逆に食べログの評価が低くてもめっちゃふたりして気に入るところもあった。ということで彼とのご飯は、とても美味しくて面白い。話が合うわけでもない。向こうは大学生と高校生の子持ちで、その子供たちの成長と奥さんの愚痴を話し、わたしは当時独身だったから婚活や恋活の相談をする仲だ。特段面白い話をするわけではないのだが、彼のおかげで美味しい店をたくさん知れたし、へべれけで最後はうどんかラーメンで閉めるというイベントが月一あったおかげで、わたしの暗黒の第二次福岡時代を乗り切れた気がする。(19歳までが第一次福岡時代、26歳から34歳までの都落ちして福岡に甘んじた時代が第二次福岡時代、そして結婚して転勤族になり福岡に戻ってきた40歳からが第三次福岡時代である)
そしてそのアポのあとには、東京で高校の同窓会の二次会をやっていて、会っておきたい人がいたので、行ってきた。平成に高校を卒業したいろんな学年が集まり、48歳のときにやってくる「同窓会幹事の年」を盛り上げていくのだ。私たち平成15年卒は、団結力が高い代だとして先輩からものすごく期待されている(らしい)。し、しっかりと、先輩たちから逆にごまをすられるという何とも面白い構図になっていた。東京組の代表は私が中学校1年の時からの生徒会で一緒だったラグビー部の友人が中心となって頑張っているので、ぜひとも応援したいと思っている。高校の人たちは大学の友人ともまた違っていて、エネルギー量が非常に高い。だいぶ飲んだところに途中参加したので、とても気に入られた。美人な先輩方とも連絡先を交換し、初めてしゃべる同級生とも繋がることができて、ちょっとだけだったけど顔を出しておいてよかったなと思う。
そして今日午前のアポ。新卒の会社の同期。わたしは鬱で新卒の会社を3年も持たずに辞めてしまっているのだけど、彼女とはそれからもずっと何かでつながっている。彼女は最近一人で子供を産んで、シングルマザーとして頑張っているが、頑張っているという感じでもなく、今まで仕事一筋できたので、子供ができて「今が一番悠々自適やで!」とこれまたエネルギーが高い。子供ができたことで、仕事をそこまで頑張らなくてもいいかなという価値観に変わってきているようだ。そのことは体外受精の苦労の部分を分かり合えているので、そういう話になった。40歳もすぎて仕事だけでいいのか?と考えたときに、価値観を変えたかったそうなのだが、わたしも「仕事ができないのなら、子育てというフレーズに移行して社会貢献すべきなのではないか」という価値観の転換点に来ているので彼女の話はとても共感できるところがあった。
と、こんな感じで東京6日間を過ごし、北九州に戻ってきて、安心するとともに何かとてもそわそわしたり、不安に感じたり、または落ち着いたり、ほっとしたりしている。
東京に行って何か感じることがあるかもしれないと思ったけれど、今のわたしは夫のもとでゆっくりと過ごし、たまに東京で刺激を得て、また日常に戻るというのがいいんだろうなと思う。
東京で余裕のあるスケジュールを組んだので何もしない日というのもちゃんと二日間設けていたのだけれど、朝起きて、「あ、ここに行きたいな」と解放感を感じることがあった。わたしの好きな街は表参道や、銀座や、新宿伊勢丹だったりするんだけど、ちゃんとおしゃれして「仕事してますコスプレ」をして街を歩くのはわたしにとっては楽しいイベントになるのだ。
これが福岡だとできない。エルメスのスカーフは北九州という街には過剰だし、CHANELのココクラッシュミディアムをつけるのも過剰だ。(つけるけど)
まあ、バイクがあるので、こちらではバイクに乗ったりして少しテンションをあげつつ、本を読んだり、ドラマを見たり、もし妊活がうまくいかなかったらまた新しい道を探そう・・・うーん。ここについては、とても不安なところで、人生がどっちに振れるかわからないということにおいては、期限の43歳の誕生日までふらふらとした落ち着かない感情で過ごすしかないのだと思う。
明日からまた日常に戻る。病院にも行く。友達には会わない。(疲れてしまうから)