ブログを再開する

ずっとブログを再開したいと思っていた。本当は闘病記にするつもりはなくて、株式投資とか、note戦略とか、思考でなんとか書けないかなと模索したけれど、ジャンルを一つに絞ることができなかった。

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わたしがすらすらと書けるのは、毎日の私の体調や思い、気持ち。

鬱を発症した23歳ごろから、アメブロで「うつ病まあやの日記」として自分の気持ちを書いていたところ、アメブロの闘病ランキングで1位を取るまでになってしまった。これは完全にわたしの黒歴史で、友達がこのブログを完全に消してくれたんだけど、今となってはあのブログに自分が何を書いていたのか、知りたいと思う。でも、現実には無理だろう。あのときは今よりネット黎明期で、ネットリテラシーなんてものもなかったから、わたしはかなり具体的な情報まで盛り込んで赤裸々に書いていたから。

あれから20年弱…。わたしは治るどころかどんどん悪化して今は躁鬱病2型だと診断されている。先生によってはわたしの症状を統合失調症だということもある。睡眠導入剤がないと眠れないし、眠気も感じず、頭の中は脳の真ん中から溢れるように流れてくる文字情報でいっぱいになる。朝は目が覚めても、脳が疲労しているようで、身体を起こすことができない。今通っている不妊治療のクリニックで朝9時半にクリニックに行かなければいけないときは、本当に自分との戦いだ。ぼーっとした頭と身体を無理やり原付に乗せて、病院まで向かう。帰ってきたら疲労困憊でもう夜までだめになってしまう。わたしは起きている時間のほとんどをひとりベッドで静かに過ごさないと疲れてしまうのだ。だからと言って眠れるわけではないのがとても辛い。

最近MBTI診断というものをやってみた。わたしはINFPだった。いろいろ当たっているなと思うところも多かったが、一番嬉しかったのが、わたしが「孤独」だと思っていた時間を肯定されたことだった。一人の時間がないとこういうタイプの人は疲れ果ててしまうのだそうだ。ということは、INFPと診断された人は、わたしと同じ感覚を持っているということだ。わたしだけじゃないんだなとぼおっと思い、また「向いている職業」の一番目に「ライター」とあった。

わたしはライターとして生きていていいのだ。

40歳を過ぎて、かろうじて結婚はしているものの子供を持たない私は、この人生に何の意味があるのだろうかと考え始めてしまった。30代まではまだ人生の前半で何者になれなくても、仕事が続かなくても、まあいいや。また何かやってみようとトライする気持ちがずっとあった。それが40歳を超えたところで「私は社会に何も還元できていない」と強く思うようになってしまった。何も仕事が続かなかった自分を責め、どうにかまた社会と繋がりたいと、障がい者が利用する就労支援B型という作業所に体験に行ってみたが、2日間のうち、1日しか行けなかった。10時から始まる簡単な作業をするだけでいいB型事業所に通えなかったことでわたしの尊厳は大きく傷ついた。もう働けないし、残りの40年このベッドの上でずっと過ごすのかと思うと発作が起こり、2025年は夏の間、4か月も入院する羽目になってしまった。10月の末に退院した後も、4か月ずっと寝たきりだ。何もする気が起きず、料理も掃除も片付けも、食べることさえ、できない。何を食べたいのかもわからなくなってしまった。不妊治療を続ける意味もなにもかもわからないし、本当は不妊治療なんてもうしたくないけど、夫とふたりだけの生活も怖い。何も起こらない年月をただ流れに身を任せて時間を浪費するのも怖かった。今はもう考えないようにしている。夫は明確に子供が欲しいのだ。夫の願望をかなえてあげられるのは私しかいない…こんなにたくさんの薬を飲んでいるのに、高齢出産でリスクも高いのに、わたしは自分の考えだけでもう不妊治療を辞めることができない。あとから後悔するのは怖い。だからといって障害を持った子供が生まれてくるのが怖いし、健常児であってもわたしが面倒みられるとは思えない。なのに、夫が本当は子供を欲しがっているからという理由だけでこのだらだらと続く不妊治療をやめられずにいる。明日も9時半の予約が入っている。今は何も考えずどちらに転んでも大丈夫なように、いろいろと想像して、気持ちを整えるのみ。

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